瀬戸内海東部におけるシャットネラ赤潮の発生シナリオ

背景

瀬戸内海東部(大阪湾と播磨灘)では温暖で静穏な海域特性を利用し、播磨灘南部を中心にブリやトラフグなどの魚類養殖が営まれています。 1970年代にはシャットネラ赤潮による漁業被害が社会問題化となり、その対策の一環として複数県による赤潮監視体制が整備されました。 この体制は現在も維持されており、関係府県(大阪府、兵庫県、岡山県、香川県、徳島県)が共同で赤潮対策を行っています。 ここでは、瀬戸内海東部5府県の水産研究機関が、過去の赤潮発生時に蓄積したデータより開発したシャットネラ赤潮の発生シナリオを紹介します。

大阪府(大阪湾)

これまでの研究により、大阪府海域におけるシャットネラ赤潮の発生年は、5~6月の降水量が多く、 6月上旬および7月上旬の水温が高く、6月下旬~7月上旬の日照時間が長いという特徴を有する可能性が高いことが示されています。 さらに、発生年には6月時点で一定以上の細胞密度のシャットネラが確認されています。 また、統計的有意差は見られませんが、発生年には湾奥部を除いて7月上旬の表層DIN(溶存態無機窒素の略。以下同じ。) およびDIP(溶存態無機リンの略。以下同じ。)が低く、 珪藻細胞密度も低くなっていました。これらの結果を基にすると、以下のような大阪府海域におけるシャットネラ赤潮発生シナリオが考えられます。

ア)5~6月に降水量が多いことで、海域に陸水由来の栄養塩が供給される。
イ)栄養塩に加え、6~7月の水温が高いことにより、この時期の植物プランクトンの増殖ポテンシャルが高くなり、 この間にシストから発芽したシャットネラが赤潮のシードとなる。
ウ)6月下旬~7月上旬に日照時間が長く、穏やかな気象の日が連続すると、増殖速度の大きな珪藻類が増殖し、栄養塩が消費される。 湾奥部以外では、表層の栄養塩濃度低下により、珪藻類が減少する。
エ)競合種である珪藻類が減少したことで、底層の栄養塩を利用可能なシャットネラが増殖し、赤潮化する。
オ)ただし、同様の気象・海象であっても、珪藻細胞密度が慢性的に高い湾奥部や珪藻類の細胞密度低下が見られない場合には、シャットネラ赤潮は形成されない。
図1 大阪府(大阪湾)

兵庫県(播磨灘北部)

これまでの兵庫県海域におけるシャットネラ赤潮の発生・非発生と水温などの様々な環境項目との関係について解析したところ、 7月の珪藻類細胞密度との間に明瞭な関係が確認されています。 このことから兵庫県海域におけるシャットネラ赤潮の発生シナリオは、 何らかの要因により沿岸域で珪藻類が少なくなることで6~7月に広範囲で珪藻類が低密度化すると、 シャットネラ赤潮が発生するというものです。 このため有害種の監視とあわせて珪藻類の出現動向の継続的かつ広域的な監視も重要であり、 特に発生中心となる沿岸域での珪藻類の群集動態や物理的拡散などの知見を蓄積していく必要があります。
図2 兵庫県(播磨灘北部)

岡山県(播磨灘北西部)

岡山県海域(播磨灘に限る。以下同じ)におけるシャットネラ赤潮の発生年では、判別分析の結果から、 5月の表層水温、表層塩分が高い傾向がみられました。加えて、5月の表層塩分は2~4月の積算日照時間と正の相関がありました。 また、判別分析には用いていませんが、5月の底層塩分が高く、6月の姫路降水量が少ないとシャットネラ赤潮発生年となる傾向がみられました。 さらに、発生年となった2011年の状況をみると、6月の降水量が少なく、競合する珪藻が低密度であった状況下でシャットネラは増殖しました。 その後、7月上旬の降水後、珪藻の増加に伴ってシャットネラは減少しました。 今井・山口(2016)が示した珪藻類との関連を踏まえ、以下のような岡山県海域におけるシャットネラ赤潮発生シナリオが考えられました。

ア)春先に降水が少なく晴天が多い場合、5月の表底層の塩分が上昇する。また、5月の塩分が高い時には、 表層の DIN 濃度およびクロロフィルa濃度は低く、このような海況がシャットネラ赤潮発生の下地となる。
イ)6月の降水量が少ないと陸水の流入が少なく、海域へのDIN供給が不足することによって珪藻の増殖が抑制される。
ウ)珪藻の低密度がシャットネラの増殖の一因となり、赤潮発生につながる。
図3 岡山県(播磨灘北西部)

香川県(播磨灘南西部)

香川県海域におけるシャットネラ赤潮は、5月の降水量が多く、6~7月の珪藻類が少ない年に発生しやすい特徴が確認されました。 また、海水の成層構造の崩壊に伴う表層栄養塩濃度の上昇が赤潮の発生要因となる事例も確認されました。 なお、近年は以前よりも赤潮の発生期間が早期化し、7月中旬から下旬に発生しやすい傾向が確認されています。 これらをまとめると、以下のようなシャットネラ赤潮の発生シナリオが考えられました。

ア)5月に降水量が多く、珪藻類が増殖する。
イ)6月に栄養塩濃度が低下して珪藻類が減退し、同時にシャトネラのシスト(種)が発芽する。
ウ)荒天に伴う鉛直混合により、底層から表層付近に供給された栄養塩を利用してシャットネラが赤潮を形成する。
図4 香川県(播磨灘南西部)

徳島県(播磨灘南東部)

これまでの研究から、徳島県海域におけるシャットネラ赤潮の発生年は、5月降水量が多く、6月表層水温が低く、 同月の10m層におけるDIN濃度が高く、7月上旬の珪藻細胞数が低密度であるという特徴を有する可能性が高いことが示唆されています。 このことから、以下のような徳島県海域におけるシャットネラ赤潮発生のシナリオが考えられました。

ア)5月に降水量が多いことで海域への陸水の流入が多くなり、海域に陸水由来のDINが供給され、 6月の表層および中層におけるDIN濃度が上昇する。 同時に、降水時の天候不順や荒天による海面の攪乱、表層への陸水の流入等により6月表層水温が低めとなる。
イ)表層へのDINが供給されたことにより、5~6月に表層で珪藻が増殖する。 また、珪藻類の増殖により表層におけるDINが消費され、DIN濃度が低下する。 なお、珪藻の増殖が緩やかであると推測される中層においては、6月においてもDIN濃度が高い状態を維持する。
ウ)表層におけるDIN濃度が低下したことにより、7月上旬にはDIN欠乏により表層において珪藻が減少する。
エ)表層において栄養塩競合種である珪藻が減少したこと、および表層付近にDINの供給があったことでシャットネラが赤潮化する。
図5 徳島県(播磨灘南東部)

注意点・課題点など

このシャットネラ赤潮の発生シナリオは、シャットネラ・アンティカとシャットネラ・マリーナの2種を対象としており、 各府県海域の地場発生型赤潮に特化したものです。しかし、近年では県域を跨いで広域移動する赤潮の事例も確認されているため(高木ら、2024)、 今後も引き続き、瀬戸内海東部5府県共同で赤潮発生監視に取り組んでいきます。

備考

これは、水産庁委託「漁場環境・生物多様性保全総合対策事業」、「漁場環境改善推進事業」、「豊かな漁場環境推進事業」により得られた知見に基づき、 大阪府立環境農林水産総合研究所水産技術センター、兵庫県立農林水産技術総合センター水産技術センター、岡山県農林水産総合センター水産研究所、 香川県赤潮研究所と徳島県立農林水産総合技術支援センター水産研究課が共同で作成しています。

参考文献

今井一郎、山口峰生. 有害赤潮ラフィド藻Chattonellaの生物学と赤潮動態. 「有害有毒プランクトンの科学」(今井一郎、山口峰生、松岡數充 編)恒星社厚生閣、東京.2016;210–225.
高木秀蔵、鹿島千尋、中谷祐介、角田成美、小川健太、秋山 諭、妹背秀和、朝田健斗. 降雨出水に伴うChattonella属赤潮の播磨灘内湾部から備讃瀬戸への広域輸送.土木学会論文集、2024;80:24–17226.